両備グループ代表:CEO
小嶋光信
かねてからツアーバスの危険性は指摘されてきたことだ。通常高速バスという乗合バスと、規制緩和から路線類似的な運行を続けてきた高速ツアーバスが、同じ業態にも拘わらず異なる法律で運用されてきた。アンフェアな競争として拙著の「日本一のローカル線をつくるーたま駅長に学ぶ公共交通再生―」P133で、「ツアーバスという不要不急ともいえる業態の保護のために・・・・・内股膏薬の如くに運用される二つの法律が、費用対効果という言葉で、安い事業形態が善という錯覚を生んで、ツアーバスの重大事故体質をつくりあげてしまった・・・」と指摘している。私が主張し始めたのは5年前からだから、何故これほど大事故を呼ぶ業態のツアーバスを擁護し、新たな改正でもツアーバスの保護やツアーバス的体質を残す法律に改定していこうというのか、理由が分からない。いわば競争が効率を生むことは事実だが、命と引き換えにする競争促進は如何なものかと思う。
危険な業態になった原因は何か
その答えは規制緩和後の供給過剰状態とバス業界の急速な収支の悪化だ。
規制緩和後の1事業者当たりの輸送人員でみると、平成11 年度には10 万8,000 人であったものが、20 年度には7 万2,000 人(同66.7%)に減少している。
次に、営業収入の面について、1事業者当たりの営業収入額の経年推移をみると、11年度の2億4400万円に対し、20年度は1億2260万円(50.2%)と半減している。
(日本バス協会調べ)
このように、需給調整規制の廃止後、1事業者当たりの輸送人員及び営業収入は減少し、貸切バス事業者の経営環境は厳しい状況にある。
何故経営が危うくなると危険になるかというと、この答えは簡単だ。
バス事業の収支を構成している大きなものは、人件費、車両の償却・修繕費、運行費と管理費だ。
- 収支が厳しくなると、まず人件費にしわ寄せがきて、賃金が規制緩和後極めて厳しくなり3割から5割減少し、産業界平均値に及ばない賃金になり、良質な労働力の確保に苦慮するようになった。賃金が下がれば運転手を将来的にも希望する者は少なくなり、おまけに運転手の質が下がることは否めず、安全やサービスに問題を生じる。賃金の下がった運転手は何とか生活を維持するために超過労働や、違法な日雇いの運転手に走らざるを得なくなる。
- 業界全体が赤字体質ということになれば、新車を買える業者は少なくなり、本来廃車されるべき年数の経った車両を修理して使うことになる。儲からないから、ちゃんとした整備も難しい。そこで整備不良による故障や、燃えるバスが出現する。
- 儲からない会社は、間接費すなわち管理費を節約せざるを得ない。特に保有台数が5台やそこらのバス業者では、管理費を払えず、法的にしっかりした管理をする能力も、資質も足りない会社が増大することになる。台数的には、少なくとも2~30台以上にならなければ、きちんと社長がいて、管理体制や、車両整備体制を維持することは不可能だろう。
許認可そのものの基準がすでに安全や企業の管理体制を維持する規模を失ってしまっている。
台数ばかりでなく、廃車になるような古いバスで、低賃金者や正規バス業者が年齢的に危険だと感じている高齢な年金受給者に頼って、管理者もロクに置かない業者も許可されるというのでは、安全の確保は及びもつかない。コストを正常に払った正規な観光バス業者と、コストだけを下げた零細業者も、移動するという物理的行為は一緒だから、業界の運賃は下がり続け、危険体質になる。
安全を確保するために安全マネージメントなどで業界の安全を高める行政努力をしているが、監査の対象となるのは、ほとんど大手や中堅業者ばかりで、弱小の業者まで手が及ばないし、仮に違反を摘発し営業取消処分にしても、名前や経営者を変えてまた登場してくるという、イタチゴッコ的な仕組みになっている。
経営という観点から法整備や、許認可体制を作らなければ、本質的な問題は解決しない。
ツアーバスは、このように経営に苦しむ観光バスを低運賃で雇い、場合によってはいくつかの業者の仲介でそれぞれ1万円や10%の手数料を取られて、安い運賃がますます手取りが少なくなる仕組みになっている。ツアーバス業者は良いが、法的な責任は運行する観光バス業者だからたまったものではない。そして事故を起こせば運行会社の責任で、ツアーバス業者は頭を下げるだけで済んでしまう。
路線事業はというと、安全の確保のために、自社の社員で、自社の車両で、自社管理するように義務付けられている。しかるに路線類似行為のツアーバスは、この基準から全て逃れて、経営されている。そのコストを見ずに、競争が全てで、安い運賃が正しいと言われる識者が多いので困惑してしまう。
本来のツアーバスは、スキーバスのように季節的な特別な需要で発生する場合に行われるべきもので、年間常態化した輸送行為は路線事業として扱われなくては、何時まで経っても人の命が犠牲になるだろう。
ちなみに、平成21 年3月に全国の貸切バス事業者を対象に行った総務省のアンケート調査(配布事業者数4,304 事業者、有効回答数2,629 事業者(61.1%)。以下「事業者アンケート調査」という。)の結果においても、2,629 事業者のうち、直近の事業年度の収支が「赤字」のものが1,145 事業者(43.6%)、「ほぼ均衡」のものが940 事業者(35.8%)、「黒字」のものが369 事業者(14.0%)となっている。黒字業者は10%ちょっとしかいないという異常な業界になってしまった。
ウィキペディアでも以下の如く、観光バス業界を紹介している。
「需給調整規制の廃止前と比べ、従来は免許制で、多くは路線バス事業も展開している日本国有鉄道→JRバスか私鉄か大手専業系バス会社が貸切バス事業も行っていたが、2000年に道路運送法が改正され、バス事業自体が免許制から許可制に変わり、貸切バスを中心に異業種や新規事業者の参入が相次いだ。同時に既存のバス会社も、主として経営効率化の見地から、貸切バス事業を含むバス事業の分社化や吸収合併などの業界再編がさかんに行われている。
結果として競争が激化し、事業者の経営が不安定となり、乗務員は少ない人員による長時間勤務を強いられ、過労や賃金の低下など労働条件の悪化が指摘されている。2007年2月18日には、スキー場からの帰りの「あずみ野観光バス」(長野県北安曇郡松川村)の貸切バス(旅行会社が募集した会員制スキーバス)が大阪モノレールの橋脚に衝突、27人が死傷する事故が発生した。事故の原因としては、長時間勤務による過労からの居眠り運転が指摘されており、同社については、2006年6月に労働基準監督署から、長時間労働を改善するよう是正勧告がされていたという。事故後、同社は「ダイヤモンドバス」に社名を変更し営業継続している。2007年2月21日の毎日新聞によると、労働基準法などに違反するとして、2005年に行政指導を受けたバス会社が全国で85社に上ると報じられた。これは法改正された2000年の20社に比べて、4倍以上に増加したことになり、労働条件の悪化を伺わせる現象といえる。」
長時間労働になる原因を前述のように正さない限り、問題は解決しない。
公共交通は規制緩和になじみにくい業態であるし、費用対効果は路線バスのようなネットワーク事業には却って儲かる路線だけに競争を生み、交通弱者に必要な路線の切り捨てにつながる弊害を生み、ネットワークが壊される懸念がある。
ツアーバスの批判だけでなく、今回の事故を他山の石として両備グループでも管理の在り方と運転手教育を強化している。「両備交通三悪の制定とSAFTY-OK+IB運動の展開」がその運動だ。
両備グループは全体としては業界の中では事故率の低い企業グループだ。しかし、規制緩和により競争激化による賃金ダウンを生み、運転手のレベルは最盛期に比べて2~3割落ちている感がある。
昔の路線バスの運転手は、長年トラックで無事故、無違反をした運転手が勝ち取る誇りある仕事で、観光バス運転手は更に路線で優秀な成績を収めたプロドライバーだった。勿論賃金はトラックの運転手より高かった。
しかし、規制緩和で賃金は両備グループでも3割くらいダウンし、観光バス運転手については半減してしまっている。バス運転手の賃金は場合によっては、トラックの運転手より低くなっているのが現状だ。だから、古参の運転手から新しい運転手に変わるとレベルダウンは否めない。市場原理から、給料対能力は正比例するからだ。
これに加えて厄介なのは、年金受給者の運転手の登場だ。年金を受給すると賃金はある程度しかとれない。両備グループでは雇用確保の施策をとりながらも、安全確保第一と健康面に重きを置き、バス事業に携わる運転手は65歳までとし、それ以上70歳未満はタク シーやトラックの運転手になっている。
ところが、今新たに市内循環線などで参入してくる業者は、そんな過去の経験則が無いから、我々路線業者が バス運転手としては定年とした65歳以上の運転手を20万円前後で雇い、中古のバスを2~3百万円で買って参入する。運転手の賃金が半値、バス車両は10分の一くらいの業者が正規のバス業者と同じ路線、それも儲からない路線を支えている収益路線に参入してくればどうなるか、その明らかな非を正せないでいる。このことが身近な路線バスにおいても、今回のような事態を生む芽になるのではとの危惧の念を抱く。
公共交通を正常化するために交通基本法の成立が待たれるが、
これも1年前後政治の混乱で店晒しにされている。国民の安全、安心を確保することが政治家や行政官の務めと思うが、現実はそれらが審議されずに政争に明け暮れている。ツアーバスも、結果としては規制緩和の被害者かもしれない。ツアーバスの問題だけでなく、急速にレベルダウンしている業界問題を真正面から正すことを切望する。